裏山の造成工事・その後/11月
11月もあっという間に終わりが来て、本格的な冬が到来する。今年は、色々なことに思いを散らされながら結局はほとんど何もできなかったような1年、じっとどこかで澱のように固まっていた気がする1年だった。私達自身はこの1年、そんな日々を過ごしてしまったが、それとは対照的に、家の外が日々これほど変化した1年もなかっただろう。
しばらく、裏山の造成工事の様子はレポしていなかったが、あれからずいぶん造成が進んでいるのだ。
最近は、裏山の造成工事の写真を撮るのは「ここから!」と決めている場所がある。
我が家はほぼ真東に向かって玄関があるので、造成区域は家の北側から東西に広がっている。それで、2Fの寝室の一角にある3畳あまりのクローゼットの小さな窓が、唯一2Fにある北側の窓なのでそこから造成工事を一望することができるのだ。
その2Fの窓から造成工事を見下ろす時、ふといつも思う。
昔、殿様は自分の領地を一望できるお城の天守閣に上り、隅々下々の様子を見て、うむうむ、と満悦していたのだろう、と。私の領地でも何でもないが、工事が安全に順調に進んでいるのを見ると、何となくうれしい。我が家のお隣さんができるのだから、美しく整った町並みになって欲しいと思うのだ。
工事区域を、北側に向かって西から東に見たところだ。
もうすっかり山は切り崩され、谷は埋め立てられて、宅地の区画がほぼできあがっている感じだ。今まで森の向こうの景色全景を、こちらから見たことがなかったが、住宅が建てば、また見えなくなるのだろう。
よく見ると、住宅地の中を通る道路にはマンホールの蓋が見える。主要な下水道工事もいつの間にか終わっているのだろう。
元、古墳があった山はもうほとんど残っておらず、埋め戻しの用土?としてだと思うが、これだけが残っている状態だ。
工事は順調なのだろう。先日、自由が丘(宗像市内)の信号付近に、「城西ヶ丘に74区画!」と、この造成工事の大きな広告が建っているのを見た。
新しい町並みができるのはうれしいが、1つだけ気になっていることがある。
それは、住宅地の真ん中を通る道路と、既存の道路が我が家の前で交差することだ。矢印→の道路が「Y字形」に交差するうえに、坂の頂上付近の三叉路になるのだ。とても心配....。
その上さらに困惑していることは、三叉路用のミラーを我が家の玄関前に建てるという話が出ているらしいのだ。今はミラーが○の所に設置されているが、ミラーの設置してある電信柱は移設予定らしく、三叉路になるとこの場所でも全部が確認できないらしい。しかし、お願いだから玄関前はやめて!と陳情するつもりではいるが、どうなることか....。